2月。プロ野球はキャンプ・シーズンである。巨人のキャンプ地・宮崎の繁華街に5人も入れば満員の、小さな餃子屋があった。古びた木造2階建ての2階、老夫婦が仕切っている。もっとも客をあしらっているのは奥さんのほうで、旦那は暖簾で蔭になっている調理場の住人で、ほとんど顔を見せたことがない。

プロ野球選手(今はコーチを経て野球界から足を洗っているが)のAはこの店に9年間通いつめた。初めてこの店に誘われ、勧められるまま餃子を口にした瞬間、驚いた。一口大の、変哲もない代物だがとにかくうまい。「100個、土産にくれ」。せっかちな性格だから矢継ぎ早のお代わりの末、こう言って奥さんをせかした。無理は承知だった。少々、酒も入っていた。だから荒っぽいお願いになっていたはずだ。

「1週間、時間をください」。

予想外の返事だった。「1週間? そこにあるじゃないか、作り置きが」。調理場の冷蔵庫が開いた時、めざとく見つけてそう言い放った。いささか気分を害したが、居合わせた知人が取り持って、その場は収まった。

1週間後、キャンプは終了した。Aは餃子のことをすっかり忘れていた。帰京のため出発を待っていた宮崎空港ロビー、くだんの老夫婦が大事そうに小箱を抱えて駆けつけた。

「約束の餃子です」。

代金はいらないと言う。押し問答の末、1万円を押しつけて帰京した。帰って小箱を開いて驚いた。100個の餃子ひとつひとつがアルミホイルに包まれていた。「なんと丁寧な…」。礼状を書いたら分厚い封書が数日後届いた。

「実は私どもの一人息子があなたの大ファンだったのです。あなたが店に来たとき、主人が喜んだことか。あなたのためにどうしても時間をかけて餃子を作りたいと、主人が言うものですから。準備もあり、1週間が必要だったのです。その節は失礼しました」。一人息子は数年前に交通事故で亡くなった、という。餃子は白内障の主人が店を締めた深夜に作った。

以来、Aの誕生日の度に餃子100個が届いた。「一人息子」の命日と彼の誕生日が同じ日であったことを知ったのは数年後だった。店はもう無い。