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「じゃあ、ちょっと出かけてきます」――原稿を書き終えた記者が編集局を足早に出て行く。午後7時過ぎ。「どこへ行くんだ、ヤツは」。傍らのデスクに尋ねる。「なあに、ナベツネですよ、すぐに捕まります」。 横浜球団の一連の「身売り」騒動以来、巨人・渡辺恒雄オーナーの紙面登場頻度が高くなった。その発言が、ともすれば(と、言うよりほとんど)コミッショナー以上の影響力を持つだけに、担当記者にとって、彼は最重要人物なのだ。「しかし、そう簡単に捕まるのかい? 予定されたイベント会場に出てくるなら会見も可能だろうが、今日の、彼のスケジュールは白紙だろう。予定表に動向も書き入れていないし」と私。「それが出来るんです」とデスクは自信ありげだ。 渡辺オーナーはほぼ毎晩、都内のホテルで夕食をする。たいがいは要人と一緒である。その行きつけの店を担当記者は熟知し、該当する店をグルリ一巡すればオーナーは捕まる仕組みだ。「それにしても毎晩か」。そう尋ねたこちらが迂闊(うかつ)だった。オーナー夫人が病に倒れて久しい。直接、帰宅をしても料理を作って待っている人がいないはずである。オーナー自身も以前、病に蝕まれている。その後の経過については知らないが、新聞でみる顔は心なしか細った気がする。球界、それどころか新聞界を牛耳る権力者の、もう一つの横顔である。 「仕事を離れれば、なんとも好々爺(こうこうや)なんですが、ひとたび表に出ると・・」と教えてくれたのはオーナーの側近だった。報道陣を前に吠え、一人自宅へ戻る。彼はどんな表情を浮かべ、ドアを開くのか。そこに思いを寄せるとき、権力者としてではない彼に、妙な愛着をおぼえる。 戦国の武将、間違いなく一時の権力者であった織田信長についてこんな記述がある。 「信長は誰からも愛されない。誰も信長を信じない。誰も信長を必要としない。全てに利用され、そして死んだ」(「二人の天魔王『信長の真実』=講談社刊) 権力者の孤独。「そんなこと、わかってらぁ」。渡辺オーナーはそう言うだろうな。 |