便利な時代になったもので、手許のパソコンから、過去に日刊スポーツ紙上に掲載された記事がたやすく検索できる。キーボードを叩いて、ヤクルト97年ドラフト1位、三上真司を引っ張り出した。同年11月30日付の新聞は契約金8000万円、年俸700万円で選手契約を結んだ、とある。しかし以来、彼の記事は消息を断ち、彷徨(ほうこう)の末にわずか数行の記事にたどり着く。01年10月12日。解雇通告として、である。

敦賀気比のエースとして甲子園で活躍。同じ年にやはり高校球児でドラフトNO・1投手、平安高校の川口知哉(現オリックス)がいた。抽選で川口を逃したヤクルトは「はずれ1位」で彼を獲得した。それにしても、「はずれ」とはよく言ったものである。ただ、彼の野球人生が「はずれ」であったかどうか、それは本人が感じることであるし、何しろまだ22歳。ありきたりの表現を使えば「発展途上の人生」なのだ。

「三上真司」という名前を検索したくなったのは、1枚の報道資料を手にいれたからだ。

10月30日、名古屋で12球団合同の入団テストが行なわれた。各球団を解雇された選手を集め、もう一度篩い(ふるい)にかける。再起をかける登録選手45人。そのうちで最年少登録が三上だった。名簿をなめ回すと、彼と同じドラフト1位選手が12人。橋本清、杉山賢人、谷口功一……寿命の短いと言われる投手ばかり。一旗揚げて「定年」間際の選手もいるし、事件を起こし再起をはかる元巨人、杉山直輝もいる。最年長の光山英和(ロッテ)・36歳から三上・22歳まで。もう「野球が好きだから」だけの人生でもあるまい。

かつての野球少年たちは何を学んだろう。「勝者には何もやるな」というのがスポーツ界の常識ならば、彼らはある意味で、最も多くの財産を手にした敗者、いや「敗れざる者」ではないか。