1年前ほどから猫が住み着いている。一人暮しの老人がホームに入居することになり、愛猫が残された。そのまま保健所というのが通例らしいが、見かねて家人が引き取ってきた。「ウチで飼うことにしたから」――問答無用の、家人の言いようにこちらは黙った。「人間だと60歳ぐらい。オスだよ。体重が5キロ」と教えてくれたのは娘だった。なるほどでかい。頭だけでも小振りのソフトボールぐらいある。

新聞社の宿命で、帰宅はいつも午前2時過ぎになる。起き出すのは遅く、午前11時では、子供達は学校に出かけている。家人は仕事を持っているから、遅い朝食を一人、とることになる。冬の陽射しが部屋の隅々まで差し込む。ダイニングの椅子に猫が眠っている。

隣りで食事をしていても、耳をそばだてるでもなく、くるまる。闘争本能も、弱肉強食も夢の中。リストラも経済不況も関係ない。これも「猫の人生」である。

先日、日刊スポーツ評論家の村田兆治さんと食事をした。あえて説明はいるまい。ストレートとフォークを操った、200勝投手である。来年の取材スケジュールを話し合い、3時間もたった頃、仲居さんが袖を引く。「そろそろお開きに」と言いかけたら、村田さんが口を開いた。「オレも52歳。今、本当に野球の監督をしてみたくなった。いままでは、心底請われたらやってみるか、という感じだったんだが、今は違う。監督をやってみたい」。軽はずみにものを言う男ではない。なぜ――。50歳を超えてもう一勝負。年齢がそう感じさせるのか。残念ながら、今年はそのような環境にはないが、2年、3年後をにらんでいる。心の高まりは本人にしか分からない。ちゃかすつもりはないが、

「猫の人生、という手もありますよ」。

水を向けたら

「猫の人生か。いい話を聞いた。考え直せ、ということか?」。

そう言って笑った。